【东瀛践闻】李玲飞:花季·毕业季与女子大学生毕业式(中日文)

  

  

  

  盘古智库

  东瀛践闻

  (2023第3期)

  花季·毕业季与女子大学生毕业式

  盘古智库东北亚研究院

  盘古智库高级研究员、东北亚研究中心副主任李玲飞

  撰写

  

  三、四月之交,正是日本樱花的季节。绚烂漫开的花朵,一经风吹雨打,就立刻如吹雪般飘零,真正的华丽又无常,倒也应征了日本人的“物哀”美学。

  樱花季正值日本学校的毕业季。

  那天,碰巧赶上福冈女子大学的毕业式。女孩子们身穿传统服装“袴”,闪亮的双眸、耀眼的笑容,那股对未来充满期待的劲头,深深地感染着我,令人感动感慨。

  

  不知她们是否知晓:从大学里毕业、成为“社会人”,意味着与此前安定的学生时代全然不同的生活开始了,说“波澜万丈的生活从此拉开序幕”也不为过吧 ; 成为“社会人”,宣告在父母羽翼保护下的生活就此结束,从今往后什么都要自己来了。也许有人在学生时代打过工,但那种“打工”与走上社会后的“工作”却是两回事。

  尤其对于东亚女性来说,恐怕最初所直面的就是性别歧视的问题。如果将来结了婚,大多数女性还要面对“如何平衡工作与家庭”这个难题。

  当我们观察花费在“家务、育儿和护理”等方面的日均“无报酬劳动”时间时,根据OECD的数据,在日本,女性在1996年的全年龄平均为214分钟,而到2016年基本上没有太大变化,为208分钟; 男性在1996年仅为24分钟,到2016年增加了20分钟,达到44分,尽管有所增加,其与女性之间的差距仍然很大。另外顺带一提,日本男性的无报酬劳动时间在有数据的30个国家中排名最低。

  在有小孩的30多岁这个年龄段,2016年,日本女性的无报酬劳动时间为273分钟,男性为50分钟。虽然经常有人说这是因为受到“男人忙工作,女人顾家庭”的传统观念影响,但从30多岁的女性整体平均每天在家庭以外工作超过4小时的事实来看,如今已经变成了“男人忙工作,女人既工作又顾家庭”。

  曾经看过一部名为《上野公园赏樱的人们》的纪录片。其中有两组访谈给我留下了深刻印象。

  一组是专门学校(相当于我们的职业学校或者大专)的两个女学生,她们在讨论是否要向喜欢的男生告白。“(如果不告白)把这个秘密藏在心里很痛苦。但是,如果告白了对方没有接受,那会更受伤更痛苦吧。不过……。”

  另一组是两位年约50岁的中年女性。她们是从小一起长大的好友,结伴去名古屋旅行归来,在“返回现实”之前、一起赏樱调整一下心情、没聊尽的话再多聊一会。她们上有需要护理的年迈双亲、下有青春期的孩子也要照顾,同时,还必须在工作和家庭之间承受各种压力。她们互相倾诉着、安慰着,不知不觉夜幕就降临了。在我看来,她们的“烦恼”似乎聊不尽,只是在返回各自的现实生活之前抓紧时间享受一下从前的“单身”时光罢了。

  看,女性在不同年龄段,或者说在步入婚姻生活前后的“烦恼”是多么不同啊。

  除了“工作和家庭如何平衡”之外,刚刚大学毕业的女性如果希望在职场上有所发展和晋升,可能还会面临职业选择的限制、非正式雇佣以及工资差距等几座屏障之山。

  今年有部日剧叫《三千日元的使用法》,女主是一个刚刚大学毕业进入职场的“社会新鲜人”。虽然她干劲十足、总是在领导要分配任务时主动请缨,但依然不受重视,稍有分量的任务都不派给她。她的男上司说:“你们女生总是有‘退路’的,干好干赖的,到时一嫁人不就好了。”“女生有‘退路’”这段台词,观后至今令我耿耿于怀。

  

  在日本,女性如果想走学术的道路,似乎更不乐观。

  曾经在《朝日新闻》上读到了一位从事日本佛教研究的西村玲女士的故事。尽管她取得了巨大的学术研究成果,备受瞩目与期待,但在多所大学拒绝了她的求职申请之后,她在43岁时选择结束了自己的生命。

  因为我本身也是女性研究员,所以无法把这视作与己无关,很是追踪了事态发展一段时间。西村玲女士于2004年获得博士学位,2005年当选为日本学术振兴会特别研究员,每月可获得45万日元(27,450元人民币)的奖励金。2009年,她一连获得了好几项面向青年学者的奖项,可以说是一个在其学术领域有颇高造诣且成果卓著的优秀学者。然而,她在寻找教职的过程中接连申请了20多所大学的研究岗,但回复总是“抱歉,无法满足您的期望”。甚至有时候,没有被拆封阅读过的申请材料就那么直接被退了回来。

  西村女士的父亲在接受采访时说:“如今大学所追求的不再是知识分子和才智,而是容易使唤的劳动力。玲不过是认识到了这一点。”

  这当然不仅仅是一个性别歧视的问题,但我认为性别歧视在这个案例中是存在的。因为据我所知,日本的大学对于女性学者的教职岗位非常稀少。

  不好意思要说起一点私事。当时从北大国际关系学院毕业后,想着自己是北大的博士,回家乡的地方大学找一个教职应该不是难事。但出乎意料地,也许是因为我已经年过30岁,正是育龄,那所大学最终拒绝了我。

  后来,我放弃了在家乡找工作,去了北京。终于在盘古智库谋得了“研究员”的职位。

  好了,差不多该回到一开始的毕业式的话题了。

  总之,欢迎来到“现实世界”。

  虽然我的“毕业”回忆有点惨,但是对于这些女子大学的女孩子们,由衷地送上我的祝福。樱花美丽而短暂,正好在毕业典礼的时候盛放。而女大学生的青春也许也是美丽而短暂的吧。真心希望她们珍惜有限的青春时光,充实地度过每一天。

  只是从内心深处说出这句话的人,已经青春不再了。

  --日本語版--

  桜と女子大生の卒業式

  3月末から4月初めにかけて、まさに日本の桜の季節です。満開の時は非常に華やかですが、風や雨にさらされるとすぐに散ってしまいます。本当に美しく、しかし儚いもので、日本人の「物の哀れ」の美学を象徴しています。

  この頃は大学の卒業シーズンです。

  ある日、福岡女子大学の卒業式を見かけました。

  卒業生はみんな袴姿で、キラキラする笑顔でした。私は感動を覚えました。

  

  そして、大学を卒業して、「社会人」になるということは、これまでの安定した学生時代とは全く違う生活が始まり、波乱万丈の人生が始まることだと思います。

  社会人になるということは、親の保護のもとでの生活が終わり、これからはすべて自分で行わなければならないということではないでしょうか。学生時代にアルバイトをしたことがあるかもしれませんが、「バイト」と社会人としての仕事は違うものです。

  特に東アジアの女性として、最初に直面するのは性差別ではないでしょうか。将来結婚した後、多くの人が直面するのが「仕事と家庭の両立」です。

  OECDのデータによると、日本に関して、家事?育児?介護にかける一日あたりの「無償労働」の時間を見ると、女性は全年齢の平均で1996年には214分だったものですが、2016年には208分でほとんど変化はなさそうです。男性は1996年には24分にすぎず、2016年には44分と20分増えていますが、女性との落差はいまだ大きいままです。ちなみに、日本の男性の無償労働時間はデータのある30か国の中で最低です。

  小さい子どもがいる年齢層にあたる30代について見ても、2016年時点で女性は273分、男性は50分で、男性が短いことに変わりはありません。「男は仕事、女は家庭」という考え方にしつけられたとしばしば言われることがありますが、30代の女性が全体平均で一日4時間以上、家庭の外で働いていることからもわかるとおり、今の時代には「男は仕事、女は仕事も家庭も」なのです。

  以前、「上野公園で桜を愉しむ人々」というドキュメンタリーを見ました。その中で、二組のインタビューが私には印象的でした。

  一組は専門学校の女子学生で、好きな男子に告白するかどうかを相談していました。「(告白しないと)胸にしまっておくのは辛いです。でも、告白して相手が受け入れてくれないと、もっと辛いでしょう。でも、、、、。」という話でした。

  もう一組は、幼いころからの親友で、50歳くらいの中年女性ふたりでした。彼女たちは名古屋への旅行からの帰りで、家に帰る前でした。

  彼女たちは両親の介護が必要な上に、子どもの世話もしなければならず、仕事と家庭の両方でストレスを感じているようでした。お互いに悩みを語り合い、あっという間に夜になりました。私には、これから現実に戻るのを躊躇しているように見えました。

  女性が異なる年齢層で、または結婚する生活に入る前後での「悩み」がいかに違うでしょうか。

  「仕事と家庭の両立」に加えて、大学を卒業した女性が職場での発展や昇進を望む場合は、職業選択の制限、非正規雇用、および賃金格差などの大きな壁に直面することがありそうです。

  今年のドラマ「三千円の使い方」の女性主人公は、職場に入ったばかりの頃、やる気に満ちていて積極的に仕事を引き受けるものの、それでも重視されず、ちょっとした責任ある仕事すら任せてもらえないです。彼女の男性上司はそう言った、「女性はいつでも『逃げる道』があるじゃない。良くも悪くも、結局結婚すれば問題ないでしょ。」この「逃げる道」の言葉は、今でも私の心に引っかかっています。

  

  日本では、女性が学問の道を進むことを望む場合は、さらに悲観的な状況になることがありそうです。

  日本仏教を研究してきた西村玲さんの物語を「朝日新聞」で読みました。彼女は大きな研究成果をあげ、将来を期待されていたにも関わらず、多くの大学に就職を断られたので、43歳で自ら命を絶ちました。

  私自身も女性研究者であるため、他人事とは思えなくて、この事に特に注目していました。西村玲さんは2004年に博士号を取って、2005年に、月額45万円の奨励金が支給される日本学術振興会の特別研究員に選ばれました。2009年に若手研究者が対象の賞を相次いで受賞した、独壇場と言ってよい成果を続けるとても優秀な女性研究者でした。しかし、研究職に就こうと20以上の大学に応募しましたが、返事はいつも「貴意に添えず」でした。読まれた形跡のない応募書類が返ってきたこともありました。

  西村さんのお父さんは「今日の大学が求めているのは知性ではなく、使いやすい労働力だ。玲はそのことを認識していた」と言っていました。

  これは性差別の問題だけではありませんが、性差別も、もちろんあると思います。日本の大学は女性研究者のために、教職がすごく少ないことを知っていますから。

  私事ですが、私は博士号を取得したとき、すでに30歳を越えていましたが、北京大学を卒業したので、故郷に戻って、地元の大学で国際関係学院の講師のポストをみつけることは難しくないと思っていました。しかし、意外にも、出産適齢期だったせいか、故郷の大学は私を受け入れてくれませんでした。

  やむなく、地元を諦めて、北京の国際シンクタンクの研究員という仕事に就くことになりました。

  そろそろ例の卒業式のことに戻ります。

  とにかく、「現実の世界」へようこそ

  私にはちょっとつらい思い出がありますが、彼女たちには「頑張ってほしい」と心から思っています。

  桜は美しくて儚いもので、ちょうど卒業式の頃に咲きます。そして、女子大生の青春も美しくて儚いものなのではないでしょうか。

  限られた青春の時間を大切にし、そして充実した日々にしてほしいです。

  ただ、心の底からそんなことを言える私はもう「青春」ではないからでしょう。 ■

  

  责任编辑:王毅博